特番ばかりのテレビ番組

 この時期は年度下期の番組編成の切り替え時期とみえて、やたらと「○○スペシャル」とか「××特番」と言った番組が多いので甚だ迷惑している。
 と言うのはこれらのほとんどが私の苦手なバラエティ番組だからだ、私があまりバラエティを観なくなってからもう3,4年経つだろうか。
 なぜかと言うとお笑い系の出演者がやたらとうるさくはしゃいだり、得体の知れない占い師とか色気だけを振りまくのような人物が出るのがどうも目ざわり耳障りだからだ。
 番組の企画内容そのものは興味を引くのだが、出演者の顔ぶれを見るとどうも観る気がなくなってしまう。
 旅・紀行番組などは好きなのだが、これもお笑い系の出るものは落ち着きがなく見る気がしない、私は決してお笑い系タレントが嫌いではないのだが、サービスのつもりか局側の要請か知れないが、とにかく苦手なのだ。
 お笑い系タレントでもしっかりした人も多く、トーク番組などでいい面を見せる人がいるが、一発芸のタレントはとかくこの時ばかりと騒ぐ所為かどうも苦手である。
 結局この時期はDVDソフトやDVDデッキに撮り溜めたものとか、BSデジタル番組の旅・紀行もの、ドキュメント、美術・工芸関系、そして音楽といったもので過ごしている。
 そういえば最近は韓国ドラマが視聴率を稼いでいる所為か、台湾や中国のドラマが目立つがこれも時代の流れなのか。
 いずれにしてもテレビ局は制作費が安く、視聴率を稼げる番組が優先するのだから私のような地味な人間のことなんか考えていられないのだろう。
 最近不祥事騒動が鎮静化しているNHKは視聴料を徴収しているのだから、せめて視聴率に束縛されない利点を生かして大人向けの番組編成をして欲しいものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

さすがはジェームス・ディーンだった

 昨夜最近あまり観ていなかったテレビ東京の「開運!なんでも鑑定団」を見ていたら、私の若き日の憧れだった
ジェームス・ディーンの遺品が出品されていた。
 ジェームス・ディーンといえばわずか3本の映画を残し、24歳(1931~1955)の生涯を閉じた伝説のムービースターである。
 出品者はアメリカ人男性で強烈なジェームス・ディーンのフアンで、彼のものだけを収集しているとのことであった。
 出品されたものは映画出演の際に着用した衣類3点であったが、鑑定額はなんと1,850万円であった。
 "エデンの東"のときのジャケットが300万円、"理由なき反抗"のときのTシャツが50万円、”ジャイアンツ”のときのジーンズが1,500万円との鑑定である。
 こういう収集品は流通性が大きいほど高値がつくのであるが、書画骨董品などと異なり、その人の身に付けたということが価値を決定するもので、ジェームス・ディーンの人気がいまだに衰えていないことは驚きである。
  
Photo001

 ジェームス・ディーンの日本デビューは1955年10月に東京・丸の内ピカデリーで封切られた"エデンの東"だが、この時彼はすでにこの世には存在しなかったのである。
 デビューと死が時の流れの中でほとんど同じという、彗星のごとく現れそして消えていった彼はジェームス・ディーン伝説を残すためにこの世に生まれてきたとしか思えない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

初代二十四の瞳

 昨夜は約50年前に公開されて話題になった映画、二十四の瞳がテレビで放映された。
 過去に何回も見ているので今回は他に観ようと思っていた番組を待つ間だけ観ようと思っていたが、結局終わりまで観てしまった。
 今年8月にテレビ版が放映されてなかなかの好評だったが、やはりこの初代の映画はその時代の生の風景をバックに作られており、映画全盛期の頃の時間をかけて丁寧に撮られているものだけあって、半世紀を経た現在も最初観た時の感激といささかも変わっていなかった。
 あの風景も出演者の人々の顔も正にあの時代のもので、私のようにあの時をオンタイムに生きた人間が感じるものと、今の若い人が感じるものとはかなりの差があると思う。
 あの静かでのどかな田舎で生活する人々の平和ではあるが貧しい暮らし、時が流れ最愛の人を失う戦争のもたらす悲しみなどの絶望感、閉塞感は何時見ても胸を締め付けられる。
 私がこの映画を最初に観たのは、昭和29年に当時銀座の三原橋にあった映画館だったことを今でも覚えている。
 半世紀を経て今思うことは、すべてが変わってしまい、自然が侵されたばかりか、人の心も優しさを失い大きく変わってしまったことだ。
 毎日のように報じられるいたいけない子供たちへの、続発する殺傷事件などは昔はとても考えられなかった。
 あの二十四の瞳の頃のような、心の優しさのある時代に今の子供たちが生まれていたならば、貧しくとももっと平和な安心できる生活を送れただろうと思うと不憫でならない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

”ALWAYS 三丁目の夕日”

 昨日久しぶりに映画館で”ALWAYS 三丁目の夕日”という作品をを観た。
 妻が近所の仲間と買い物の帰りに映画”春の雪”を観てくるといって出かけたので、ひとりで昼飯を食べていたが、私も前から予定していた映画でも観ようと思い立ち重い腰をあげた。
 映画館は我が家から車で30分ほどで行ける、いわゆるシネマコンプレックスで6館ある施設だが、私の見た映画には10数人しか観客は入っていなかった。
 この映画の宣伝文の「昭和33年・・・建設中の東京タワーを背景に、下町に暮らす個性豊な面々が織り成す感動と希望の物語」に誘われたわけだ。
 私があの頃東京タワーが出来ていく様子を同時進行で見ていたことを思い出し、当時の街の風景、日常生活の様子、生活用品などがかなり忠実に再現されていたので興味深く観ることができた。
 私の頭の中ではそれほど遠い昔のこととは思っていなかったが、50年ほど前の東京の下町の風景を見て年月の経過を改めて知らされた。
 ストーリーはまだあの頃は残っていた人情や、ホロリとさせる場面がよき時代を思い出させてくれた。
 親も子も近所同士も喧嘩をしながらも肩を寄せて助け合い、貧しくとも懸命に生きていく様は、昨今の殺伐としたことの多い社会と比べるだけでも、人の心に大きな変化があったことを感じざるを得ない。
 CGによる画面もごく自然に見え、当時の事を知らない世代の人にもいろいろ参考になつたことと思う。
 私のような年代に生きてきた者には物質面では豊かになったが、反対に人の心が貧しくなったことを思い知らされたことだろう。
 もし私にあの頃と現在とどちらが良いかと聞かれたら、躊躇せずにあの頃と答える。
 

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

「ジェームス・ディーン物語」を見て思ったこと

 ちょうど1ヶ月前にもジェームス・ディーンについてのことを書いたが、昨晩彼の生涯を描いたTV映画が放映されたので、大フアンである私は当然ながら見た。
 1955年に24歳で、わずか3本の映画を残して急逝した彼の生き様が、事実と推測に基づいて製作されたということだが、当時言われていた俳優としての生きかたと、実生活の中の彼の重なるイメージが、このドラマを見てよく理解できた。
 あの「エデンの東」の中での父親と息子の心の葛藤を描いたシーンの迫真の演技は、実生活と重なるからこそ見るものの胸を熱くしたのだろう。
 彼の幼い頃母親の不倫で両親は離婚したが、父親は彼が自分の子ではないことに母親への憎しみを重ねてつらく当たっていたらしく、たぶん父親の愛情に飢えていたのだろう。
 その後俳優として名を成してから、それぞれ父と子はお互いの立場を理解しあったようだ。
 彼の壮絶な死は、当時からピア・アンジェリという女優との別れが原因とも言われていたが、自暴自棄になった上での暴走による交通事故だったのか、悲観しての自殺行為だったのかその心の中はは分らない。
 彼の死はあまり年齢差の無い当時の私にとっては、まさに衝撃的な出来事で喪失の空しさをはじめて味わった、今もこの思いは変わらない。
 彼のこの若すぎる死がいろいろな憶測を生み、映画の中の虚像に実生活の中の実像が投影され、今に語り継がれる伝説になったのだろう。
 よく長生きするばかりが幸せではないと言われているが、確かに今のような不確実な時代を生きていると、さもあり何という気にもなり、最近は人生観に変化を生じてきたように思える。
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

やっぱり二十四の瞳はいいな

 今回の二十四の瞳は映像がきれいなうえ、出演者が垢抜けしていてやはり現代のテレビ版という気がした。
 何時の時代も子供達を描いたものに感銘を受けるのは、芸の上手下手を超えた純真無垢の心が瞳に写るからなのだろう。
 私などは、戦前、戦中、戦後を生きてきて、当時の時代背景、日常生活、学校生活などがバックグラウンドとして頭の中に刷り込まれているから、どの場面を見ても当時を思い出してしまう。
 このドラマを見てあの暗い抑圧された、希望を見出せない時代を知らない現代の若い人たちには、どういう風に映ったのだろうか。
 当然のことながら私と彼らの感じ方は違うだろう、私にはあの時代のあの切ないやりきれない気持ちで日々を過ごしたことが、どの場面にも甦ったことは事実だ。
 良いか悪いかは別にしてあの時代のことは風化させず、何とかして歴史の中の事実として残して欲しいと思わずにいられない。
 それにしても、家が貧しくうどん屋に奉公させられた子、肺結核に犯され死んでいった子、戦場で負傷して盲目になつた子の場面、そして先生と12人の子供達で撮った昔の写真などは何時の作品を見てもジーンときてしまう。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

倉本聰の「優しい時間」

 久しぶりの倉本聰のドラマ「優しい時間」が放映された、連続ドラマとしては15年ぶりとのことだ。
私は「北の国から」以来彼の作品が好きになったので期待して見たが、思ったとおりの出来だったと思う。
彼の作品に共通するものとしては家族愛、そして優しさが底辺に流れていること、そして「北の国から」でもそうだったが寂しさをにじませた父親像の描き方にある。
背中をちょっと丸くした寂しげな後姿の父親の姿を見ていると、同性としてはなんとも思えぬ感慨を覚えてしまうが、私だけだろうか。
北海道富良野、雪景色、山小屋風の家などが、現在の我々の生活を中和してくれる役目を果たしているようにも思える。
いずれにしても毎週この時間が楽しみのひとつになったことは間違いない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

向田邦子原作ドラマ

 久々に今晩向田邦子原作のドラマが見られる。
 毎年正月には彼女のテレビドラマを見るのを楽しみにしていたが、ここ2、3年放送されず寂しい思いをしていた。暮れに放送があることを知り、大の向田ファンとしては待ちに待った思いである。
 彼女の作品のどこに惹かれるかというと、大方の作品に共通する家族愛、街や家並そして家の中の様子などの描き方が、私の生きてきた時代背景と昔住んでいた頃の東京の杉並区という住宅地の風景が重なり郷愁を感じるからだ。
 そしてドラマの中での深刻な場面でもあまり暗くならず、ホットするような描き方が見終わった後に暖かい気持ちにさせてくれるところがあるからだと思う。
 向田邦子の世界に浸り、私の正月は終わる。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|